弁護団・支援する会が現地を訪問
控訴審に向けた方針を協議
( 2009/12/29〜2010/1/2 )

 2009年末から2010年始にかけて弁護団・支援する会はインドネシア現地を訪問しました。弁護団よりあらためて9月10日の不当判決の内容と控訴審に向けた方針を住民原告およびWALHIに対して説明しました。控訴審に向けて、現地での新たな調査方針(証拠集め)と運動方針が協議されました。

 コトパンジャン現地のゴム園も視察しました。下の写真は、居住地から
舟で1時間+山道を徒歩4時間も離れた場所にあるゴム園です。荒れ地になっていて、やせたゴムの樹が数本残っているだけでした。農作業などとてもできない場所にゴム園を作っておきながら、「住民の生活再建のためにゴム園を提供した」という日本政府・JICAの言い分の欺まん性は明らかです。

▲コトパンジャン・ダム被害者住民闘争協議会(原告団)役員会。2009/12/31。


▲原告WALHI(インドネシア環境フォーラム)役員との打ち合わせ。2009/12/29。



インドネシア国営電力公社に腐ったトマトの雨
( 現地紙「プカンバル・トリビューン」 2009/10/29 )



 (見出し翻訳)
PLN(インドネシア国営電力公社)に腐ったトマトの雨
数百人が電力危機に再度のデモ
ロベルト・アリトナン(PLNプカンバル事業所長)の退任を要求


 コトパンジャン・ダムが満足に発電されないことによる連日の停電は、抗議行動まで行われる事態になっています。NGOや学生団体がPLNやリアウ州議会に対し、「停電を一日3時間以内にすること」「事業所長の退任」「停電解決策を提示すること」などを求めるという記事が現地の新聞で報道されました。
 東京地裁の第一審で、被告の国やJICAが「計画通り発電されている」と繰り返し主張してきましたが、その実態は非常に深刻なものになっているのです。

「裁判官は現地に来て私達の生活を見てください」
闘争協議会(原告団)役員会開催(2009/10/26)
高等裁判所に向けた署名活動を開始


 10月26日、コトパンジャン・ダム被害者住民闘争協議会(原告団)役員会が開催されました。東京地裁の不当判決に対する怒りの声が次々と出され、東京高等裁判所に向けた署名活動を開始することが確認されました。

 現地報告詳細 >>
 高裁あて現地署名 >>

人権・環境破壊容認の不当判決取り消しを求め、控訴状提出 (2009/9/20)

 提訴から7年、2009/9/10の判決日には、大法廷85人分の傍聴席を上回る95人が傍聴にかけつけました。

 しかし、民事49部(中村也寸志裁判長)は、被害事実さえ認定せず、強制移住・生活破壊・自然環境破壊に全く目を向けず、人権感覚ゼロ・国際的常識からもかけ離れた極めて非常識な不当判決を言い渡しました。

 原告住民5923人とインドネシア環境フォーラム(ワルヒ)の委任を受け、コトパンジャン・ダム裁判原告代理人は東京地裁に控訴状を提出しました。

 コトパンジャン・ダム被害者住民闘争協議会(原告団)は、地裁判決後に備え約2年かけて原告住民の意思を確認し、代理人への委任状を集中してきました。

 そして昨年12月31日の臨時大会では、いかなる判決が出されようと勝利するまで闘うという方針が決議されました。ワルヒも同様の方針を機関決定し、委任状を提出しています。

 東京高等裁判所での逆転勝利をめざし、闘う決意を固めた原告を引き続き全力で支援していきましょう。

▲判決後の記者会見(2009/9/10)


▲東京地裁前(2009/9/10)
 
  「支援する会」抗議声明 >>
  判決文要旨(PDF:701KB) >>
    判決文は約200ページありま
    すが、その要旨が裁判所より
    出されています。
  裁判の概要  >>

外務省がテレビ朝日の報道に不当な干渉
9月15日、中曽根外相(当時)記者会見

 判決当日、テレビ朝日「報道ステーション」はコトパンジャンの特集報道を行いました。判決直前の現地取材や、来日した原告のインタビューなどが報道されました。

 中曽根外務大臣(当時)は、離任2日前の9月15日の記者会見において、この報道に対して「事実誤認」「不適切」と不当な干渉を行いました。また9月14日に外務省は抗議声明まで発表しています。「コタパンジャンダムは、計画発電量の124%を達成しており、同報道は事実に反する」「厳重に抗議」「適切な対応を求める」などの内容です。これがいかに不当かつ事実無根なものかは、現地の新聞による報道(下記)からも明らかです。

 私達は、岡田新外務大臣に「質問状」を準備中です。ムダな海外版公共事業をどうするのか、新政権に問われる課題でもあります。

コトパンジャン・ダム湖はほとんど干上がっている
インドネシア
の新聞が一面トップで報道

 インドネシアの「シンガラン」紙(2009/8/14版)が一面トップでコトパンジャン・ダムの深刻な状況を報道しました。
  「コトパンジャン水力発電所ダム湖の水量は現在極端に減少している」
  「発電の心臓部は、もうほとんどその鼓動が聞こえなくなっている」
  「もし2010年まで乾期が続くと水力発電所は閉鎖されるであろう」


 新聞記事と翻訳文をご覧ください >>

 インドネシアの「リアウ・ポス」紙も、「コトパンジャン水力発電所は仮に水位が標準的な場合には114MWの電力を発電できるだろう。しかし現在は、たった40MWしか発電できていない」と報道しています。



インドネシアからの公正判決要請署名を東京地裁に提出 2009/8/14
被告JICAへの要請行動 2009/7/31
東京地裁での裁判が結審。カリム団長が最終意見陳述 2008/9/11
原告が国会議員を表見訪問 2008/9/11
参議院ODA特別委員会の国会議員がコトパンジャン現地を視察 2006/8/21
住民・環境に関する国際会議(IAPS)で、鷲見代表が、コトパンジャン裁判を報告(エジプト・アレキサンドリア) 2006/9/11



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コトパン裁判資料室 支援する会、ボランティアスタッフ募集 支援基金・カンパ マスコミ報道 ODA問題
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コトパンジャン・ダム
被害者住民を支援する会

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被告JBICは、軍隊による移転の強制や、移転先で住民が生活困窮に陥っていたことを知っていた。
JBICの調査資料SAPSには被害事実が詳細に記載されています。

 原告弁護団は、被告・国際協力事業団(JICA)−当時の国際協力銀行(JBIC)−が調査・作成した非公開内部調査資料“SAPS”(援助効果促進調査、英文)を東京地裁に提出しています。

 ”SAPS”には、軍隊や水没による移転の強制があったことや、不当な補償金の問題、移転地には約束されたゴム園や水を得る手段がなく生活困窮に陥っていることなが具体的に記載されています。

 しかし東京地裁判決は、被告が作成した資料にある被害事実さえ認定しないという、きわめてひどいものです。


詳しくはこちら >>

もし私達の街が水没したら・・・



▲東京の地図。画像をクリックすると大きくなります。

インドネシア・スマトラ島の、124平方キロメートルもの広さの地域が、日本のODA−政府開発援助−ダムによって沈められました。東京・山手線内の約2倍の広さです。

 インドネシア・コトパンジャンの人々(原告8396人)・動物・自然が東京地裁で国・JBIC・JICA・東電設計に対して原状回復・賠償を求めています。


ポスターもあります >>

世界遺産「スマトラの熱帯雨林」を破壊して建設されたコトジャン・ダム



 「スマトラ島の熱帯雨林遺産」は、世界遺産として登録されています。(2004年登録)
 スマトラに広がる250万ヘクタールの熱帯雨林には、絶滅危惧種を含む数多くの動植物が生息し、そのうちいくつかはスマトラ島特有のものです。スマトラ島の生物の進化を生物地理学的に裏付ける場所でもあります。


裁判の争点

 本裁判は、(1)被害事実が有るのか (2)その被害事実に対して日本政府ら被告に責任があるのか の2点を問うものです。この(1)(2)を立証することができれば、勝訴となります。

詳しくはこちら >>




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日本政府をはじめ被告らの文書では、「コタパンジャン・ダム」(Dam Kotapanjang)としています。しかし、現地の人たち(ミナンカバウ民族)、現地の政府、マスコミは、「コトパンジャン・ダム」(Dam Kotopanjang)といいます。「コト」(Koto)はミナンカバウ語で「町」を意味します。一方「コタ」(Kota)は、インドネシア語(ジャワ語)で「町」を意味するものです。「コトパンジャン」は地名であることと、現地の言葉・文化を尊重する立場から私達は、「コトパンジャン・ダム」としています。

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